MWorld Summer 2008, By ROBERT H. ROSEN, Ph.D..----AMA抄訳
企業の最高経営責任者(CEO)が今日、対処する必要があると認識している問題は決して少なくない。それは、人材獲得から社員の士気の維持、そして数世代にわたる社員の労務管理にまで多岐にわたる。
このような問題やその他のリーダーシップ上の問題に対処できる能力は、大半のCEOが追求する目標――つまり、事業の拡大――の達成にとって重要な要素となる。 また、事業拡大という目標を達成するにあたり、CEOは新たな課題に直面する。それは、変化が原因となって生じる不安に適応し、共存していける能力である。
ペプシコ社のCEOを務めたスティーブ・レインムンド氏は、「個人の士気を高め、人間として成長させる」ことをCEOとしての自身の使命とした。「一人一人が学ばなければ、意味がない。プログラムが面白いものであっても、習得できるか否かは個人に因る」――レインムンド氏は、この点を熟知していた。レインムンド氏がCEOを務めた時代にペプシコ社は90億ドルを超す売上増を記録し、純利益の増加幅は70%に達した。また、一株当り利益は約80%増加、年間配当は倍増した。 つまり、スティーブ・レインムンド氏は、個人と企業の成長との間の価値連鎖、つまり、「個人の成長はプロとしての成長に繋がる。そして、プロとしての成長は組織の成長に繋がり、ひいては業績拡大に繋がる」点を理解していたということだ。
不安
成長は不安を伴う。自身を取り巻く環境が変化し、自己改革を求められる場合に取り乱すのは人間の摂理であり、我々は不安や無力さを感じる。多くの科学者や専門家が主張しているように、生物学的、社会学的そして心理学的に我々人間には、安定性を求める性質がある。我々は安全性を探求し、予見可能性を希求する。我々はいつしか、安全性や予見可能性を、「成功」を示唆する表れと信じるようになり、安楽と成功を同一視しがちである。 しかし、進化の過程からうかがえるように、我々には成長や変化を求める傾向もある。今日、成長は――個人にとっても、また組織にとっても――不安との共存を学ぶこととほぼ同義である。この点は、経済の先行きに対して否定的なメディア報道や専門家の予想が相次ぐ現在において特に言えることである。
現実を直視しよう:不安は、人生における避け難い現実である。こうした現実にいかに直面し対処していくのか、その向き合い方次第で結果に大きな違いが生じる。不安に負けるようなら、不安はパニックへ変わる。また、不安を打ち消す、あるいは不安から逃げ出すなら、独り善がりに陥ることになる。だが、不安に対して前向きに対処するなら、我々は不安を力強いパワーへと変え、成長や事業成功の秘訣を見出すことが可能になる。
不安の肯定的な側面
組織として長期に亘る持続的な成長を成し遂げるには、変化につきものの不安を、パフォーマンスを最大限に上げるために必要不可欠な、前向きで生産的なエネルギーへ変えることが唯一の方法となる。我々が今置かれている状況と我々が望む状況との間のギャップを埋めていこうとするなら、適度な不安(just enough anxiety:JEA)が必要である。 これは、50年に亘る人生経験に加え、心理学者、起業家そしてCEOへのアドバイザーを務めてきた30年のキャリアを経て私が辿り着いた結論である。250人を超すトップ・ビジネス・リーダーとの一対一の会談を通じて、私は、成長や変化について根本的な洞察を得るに至った。それは、以下の3点に要約できる: 1. 変化や先行き不透明であること、そして不安を人生における避け難い現実として受け入れる 2. 健全な不安は、成長を希求する前向きな力として利用することができる 3.複雑な社会の中で生存し他をリードしていく上で、適度な不安は重要な鍵となる 鍵となる3つのパラドックス
適度な不安と共存し、適度な不安感を醸成して組織をリードしていくことができるなら...第一に、未知なる領域へ足を踏み入れ、変化と先行きの不透明さを管理していくことが可能になる。また、スタッフを鼓舞し、時には適度な不安感を醸成してスタッフを挑発することにより、スタッフ自身が予想する以上の成果の達成を促すことができる。
※M World は、米国AMAが四半期毎に発行する機関誌です。
適度な不安とは何か。それは、我々を前進させる力となる。不安が適度なレベルにある場合、それは、抵抗したり匙を投げたり、あるいは事態をコントロールしようと人を後ろ向きにさせることはない。適度な不安は向上心を刺激し、最適な覚醒状態を生む。そのような状態の下で、我々は、今いる場所から望んでいる将来へ歩みを進めることができる。また、適度な不安は、我々が持つ生産的なエネルギーを解放し、そうした生産的なエネルギーを手にすることで、現実の自分と期待する自分像との間のギャップ、また現実の組織と期待する組織の姿との間のギャップを埋めることができる。
適度な不安を持たない企業のリーダーは、会社を危険な状態に晒す。不安を殆ど抱かないということは、不確実性や変化から身を背けることを意味し、最終的には独り善がりな状態に陥り、他者との競争に負けることになる。不安が全くない状態は、人々に誤った安心感を植え付け、継続的な革新を呼び起こすことができなくなる。このため、成長が止まってしまう。反対に、不安が大き過ぎても、人々は変化や先行きの不安を管理することができず、たちどころに恐怖で身がすくんでしまう。過度な不安は、無秩序と混乱の原因となり、生産性や士気の低下を招き、成長に多大な影響を及ぼす。 不安は、少な過ぎてもまた多すぎても成長を阻害する原因となり、適度なものでない限り最終的には組織の衰退を招くことになる。
私がJEAリーダーと呼ぶ、成功を収めているリーダーは、成長と変化のダイナミクスについて理解している。こうしたJEAリーダーは、変化が自身や他者の中に引き起こす不安について気楽に口にする。また、JEAリーダーは、自身が現在どのような状態にあるのか、将来どのような方向に進みたいのか、そして目標を達成する上で必要な適度な不安について判断し、評価することができる。
JEAリーダーは、現状と所望する結果との隙間に適度な不安が存在することを熟知しており、これこそリーダーに求められる最も重要な資質である。さらに、驚くべきことに、JEAリーダーは、一見相反する2つの性質を呈するパラドックスの中に身を置くことに熟達している。実際、JEAリーダーが組織全体に亘り適度な不安を醸成できるのは、3つの主要なパラドックス――現実的な楽観主義、建設的な焦燥感、そして大胆な謙虚さ――を体得しているからに他ならない。
現実的な楽観主義。現実主義とは、自分自身そして他者のために真実を探求し、真実を語ることに他ならない。一方、楽観主義とは、将来への夢を持つことである。この両者を合体させることができた時、組織を前進させる上で必要なエネルギーを生み出すことが可能になる。
例えば、プライスウォーターハウスクーパースのデニス・ナリー氏。プライスウォーターハウスクーパースは、言わずと知れた老舗の監査・コンサルティング会社である。会計基準の変更に直面した際、同社は不安に見舞われた。米国部門を統括するデニス・ナリー氏にとって、現状を直視するよう社員を促す一方で、将来のビジョンを描き、社員を鼓舞してより高みへ導くことがシニア・パートナーとしての任務となった。
デニス・ナリー氏は、真正面から難題に取り組んだ。「『目の前の変化にどうして応対しなければならないのか。5年前のやり方でもいいではないか』と何もせずに座っていることも、1つの選択肢だろう。だが、変化を1つの機会と捉えることもできる。組織のスタッフに、直面する課題を機会として捉えさせることができるなら、達成したい事柄により前向きなエネルギーを集約させることが可能になる」。
2,200名のパートナーの関心を目の前の課題と将来の可能性に集中させることにより、デニス・ナリー氏はスタッフに共通の理解を持たせ、共通目標の達成にむけてスタッフを激励し、成長の次なる段階へ組織を先導した。
建設的な焦燥感。建設的で前向きであるということは、心理的に安泰な環境を創造することを意味する。一方、心がはやるということは、要は限界に挑むことに他ならず、自分自身や他者の背中を押して、これまで限界と考えていた範囲を超えて能力の拡大を促すことを意味する。いずれも、成功には必要な要素である。
Dairy MilkやTridentなどのブランドを有する、創業183年の菓子メーカーであるキャドバリー・シュウェップス社。トッド・スティッツァー氏が同社のCEOに就任したのは2003年のことである。その後の成長ぶりは、同社の歴史の中で類を見ない。トッド・スティッツァー体制の下、同社は100億ドル規模の買収を経験。また、同社は、利益増を記録しており、米国のソフト・ドリンク市場におけるシェアの伸びにおいてはコカ・コーラ社やペプシコ社を凌駕している。同社は今や、世界上位50の菓子市場のうち23の市場においてトップ1またはトップ2にランクされるまでに成長している。
キャドバリー・シュウェップス社を世界ナンバー1の菓子メーカーにすることを最終目標としているトッド・スティッツァー氏は、建設的な方法でスタッフの能力を限界以上に引き出すことができるかどうかが目標達成の鍵になることを熟知している。若干不可能と思えるようなタスクをスタッフに求めることにより、トッド・スティッツァー氏は適度な不安感を醸成し、スタッフに共通の問題意識を共有させ、目標達成に向けて事に当たらす。
トッド・スティッツァー氏は次のように語る:「決して、人の善意につけ込むのではない。これまで以上に大きな、そしてより良い組織になるために互いに協力し合える者から成る、目的意識の高いチームを構成することである」。まさに、成長とは、そういうものだ。
もし多くの若い 従業員が辞めていくのであれば、間違った情報を基に採用決定したあなたの判断基準が違っていたのかもしれない。例えば、もし退職していくセールス担当者の多くがIvy-leagueの大学卒業者か、成績の平均が3.5以上の者だったとしよう。恐らくあなたは彼らのような人材を将来的に採用しないほうが良いのかもしれない。
組織の多くは長年、リクリーティングを同じ場所で、同じ求職票を使って、同じ面接内容で採用手順を踏んでいるために、その結果はまちまちである場合が多い。こうした過去の習慣を変えずに物事が好転するわけはない。
大胆な謙虚さ。自信と謙虚さは両極に位置する。だが、例えば、REI社のCEOであるサリー・ジュウェル氏のような偉大なリーダーになるには、いずれも身につけておかなければならない資質である。
REI社は、1939年に設立されたアウトドア製品を扱う会社である。サリー・ジュウェル氏のCEO就任を境に、経営破綻の瀬戸際にあった同社の業績は回復している。CEO就任以降、サリー・ジュウェル氏がまず取り組んだのは、従業員やカスタマー、そして世間一般との間に揺ぎない関係を構築することだった。サリー・ジュウェル氏は、当時について次のように回想している:「当時、REI社は危機的な状況にあった。だが、こうした事実を、誰も認識してはいなかった。そこで、私はまず、タウンホール・ミーティングを通じて財務状態に対する理解・認識を共有することから始めた。財務状態について聞かされた従業員は、まるで冷水を浴びせられたかのようだった。主要な経営指標から判断して業績が過去数年間下り坂だった事実を、従業員は知らなかった。何もせずに手をこまねいていては、もはや同社は存続が難しい状態だった」。
しかし、REI社の現状は、当時とは全く異なる。同社は現在、27州で80を超す店舗を展開している。従業員は8,000人を超える。また、同社のインターネット店舗は、アウトドア製品の分野では最大規模を誇る。2005年の売上高は10億ドル(前年比15%増)を突破している。
適度な不安と共存し、適度な不安感を醸成して組織をリードしていくことができるなら、これは、大きな差別化要因となる。第一に、未知なる領域へ足を踏み入れ、変化と先行き不確実性を管理していくことが可能になる。第二に、スタッフを鼓舞し、時には適度な不安感を醸成してスタッフを挑発することにより、スタッフ自身が予想する以上の成果の達成を促すことができる。第三に、事業拡大の機会や可能性を見出すことが可能になる。これは、収益性の向上そして持続可能な成長に繋がる。今日のような先行き不透明な環境の中で成長を追求する企業リーダーにとっては、適度な不安こそが重要な鍵を握る。
※M World の記事内容・コンセプトは、必ずしもAMAが提供する研修プログラムの内容とは一致しません。