ノーベル経済学賞受賞経済学者 ポール・クルーグマンが金融危機を語る

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プリンストン大学経済学部教授、著述家、コラムニストのポール・クルーグマン氏が、2009年5月に、多忙なスケジュールの合間をぬって、アメリカンマネジメントアソシエーション(米国AMA)を訪問し、AMAのポッドキャスト・プログラムに参加しました。 ノーベル賞受賞者で「The Return of Depression Economics and the Crisis of 2008」(邦訳書名「世界大不況からの脱出―なぜ恐慌型経済は広がったのか」)の著者でもある、クルーグマン氏とのインタビューの一部を、ここに公開する。2009年8月、公開に先立って、クルーグマン博士は前のインタビュー内容を確認し、MWorldでの公表に合わせてその見解と論評に最新情報を追加してくれた。




今回の金融危機を警告する前兆はいろいろあったと思いますが、その中で、私たちはどのような予兆にもっと気をつけるべきだったのでしょうか? また、今回の危機に対して、規制の不備やウォール街の過剰な報酬制度が果たした役割はどのようなものだったのでしょうか?


前兆は、想定以上でした。当時私は、事態がこれほど悪いとは思ってもいません

でした。ただ、金融業界が暴走していることは、明確でした。ですから、金融業界の利益が米国の利益総額の40%に達したとき、私たちは「待てよ、何かが間違っている。これは変だぞ」と言うべきだったのです。また、1990年代に日本が経験したことにも思いおこすべきでした。そうすれば、そこからバブル崩壊の後遺症の処理は米国の私たちが思っているような生易しいものではない、という教訓を得ることができたはずです。



日本に言及されましたが、著書の中で、博士は日本のほかに中南米の問題にも触れておられますね。ほかにも、今の米国で起きていることの例はありますか?


今回の危機について私が発言してきたことの1つは、これは今まで目にしてきたどんな現象とも似ていない、ということです。いや、むしろ、今まで見てきたことすべてに似ているのですが、そのすべてが同時に生じているのです。 


ですから、たとえば今、アイルランドで、あるいはバルト三国で起きていることを見ると、それは1998年のインドネシアや2002年のアルゼンチンの再現にとても近いのです。つまり、通貨危機が生じているわけです。過剰な資本流入に続いて、資本流入の崩壊が生じたからです。今では、住宅バブルが米国だけの現象ではなかったことも判明しています。住宅バブルはスペインでも同程度まで発生していたのです。

今回の危機で唯一、今までになかった事態は、アイスランドで起こったことです。1つの国全体がヘッジファンドに姿を変えてしまうという状況は、未だかつて発生したことがないと思います。

今回経験したことは、すべて過去に例があることばかりです。規制すべきことを規制せず、「金融市場は効率的であるから、そこでの行為は必然的に正しい結果をもたらす」という姿勢に終始したことが、今回の危機を発生させたのです。 



つまり、私たちがあまりにも忘れっぽいために、結果的に、再びそうした事態を収拾不可能なところまで悪化させてしまったということでしょうか?


思い起こせば、1929年の世界大恐慌から、再び大規模な金融危機が到来するまでの間に、50年の歳月が流れていたわけです。当然ながら、その年月の間も、問題というものは常に存在していました。それにもかかわらず、半世紀の間は大規模な危機を起こさずにやってこられたわけです。そして1980年になって初めて、再び手に負えない事態が起こり始めたのです。では、現在の為政者たちの孫が今回の出来事をすべて忘れた挙句にまた同じことを繰り返すのを防ぐために、私たちは何か対策を講じることができるでしょうか?

おそらく、できないでしょうね。 



博士は、インタビューの中で、米国政府が実施してきた対策は十分ではないと思うと、おっしゃっていました。その点を、もう少し詳しくお話いただけますか?


はい。今の私たちに分かる限りで、あるいは私個人が分かっていると思う範囲で言えば、とにかく、今現在[2009年8月]、私たちは本当に深刻で長引く不況に陥っている、ということです。おそらく、すでに望ましい水準よりも約900万人の雇用不足が生じており、しかも、たとえ景気が横ばいになっても、それは変わらないのです。実際には、この数字は増大に向かっています。

現在、実施されている景気刺激策に対する政府の見解は、この対策によって、何もしない場合と比べてピーク時で350万人の雇用が創出されるだろう、というものです。これは、たしかにこの難局を緩和するでしょうが、本当の景気回復を生み出す見込みは小さいでしょう。この景気刺激策の規模では、私たちが本当に長引く不況に落ち込むのを防ぐのが精一杯でしょう。

銀行に対する政策は、「失われた10年」の最初の7年間に日本が実施した銀行政策を連想させます。日本政府は、銀行の破綻を防ぐのに十分なキャッシュと十分な保証を提供しましたが、それは銀行を健全化するのには不十分でした。今、米国がやっていることもそれと同じです。

オバマ政権は優れた判断力をもっていると思いますし、今回の危機のこともよく理解していますが、これまでに講じた対策はすべて中途半端です。住宅市場の崩壊は防げても、それを真に機能させるには不十分です。家が倒れないように支えたのはいいのですが、雨漏りを修理するところまで手が回っていません。

私は、もっと規制を強化したほうがいいと思います。実際、そうした規制の動きが鈍っていく今のムードには非常に大きな危機感を覚えます。喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間ですから、ひどいパニックの感覚が去ってしまえば、人々は「なんだ、思ったほど悪くないじゃないか」と言い始めるでしょう。ブルームバーグのニュースでも誰かがこう言っていました。「まあ、結局、今の制度はそう悪くなかったわけですから、根本から見直す必要はないですね」。

そういう姿勢が蔓延すると、今から数年後には、またこの数ヶ月の間に経験したのと同じ状況に逆戻りしてしまう可能性があります。 



すでに、景気回復の兆しや今後の経済見通しについて語り始めている人もいます。博士が、景気回復の兆しと見なす現象、潮目の変化を表すとお考えになる現象は、どのようなものでしょうか?


それは面白い質問ですね。2つの質問に分けられるかもしれません。1つは、この景気の底がいつ終わるのか、もう1つは、今回の不況の終息宣言はいつになるのか、ということですね。


私たちが不況の終息に向かって進んでいる可能性を示す証拠は存在しますか?



今は、情勢悪化の速度が鈍化している状態です。状況が曲がり角に差し掛かっています。それで、物事の進行が減速しているのです。

[2009年8月の]失業保険の新規申請件数は、依然として50万件を超えていますが、もう以前ほど高い数字ではありません。これが、たとえば、40万件まで低下した場合は、実際に雇用が安定化しつつあると見てもよいかもしれません。在庫循環の改善もそうですね。

そういうわけで、後から見たときに、今回の不況はこの夏のある時期に終わってはいなかった、ということになっても、私は驚きません。
また残念ながら、そうした終息宣言は大して参考にならないのです。前回の不況は公式には2001年11月に終わったことになっていますが、失業率がようやく頭打ちになったのは2003年6月でした。したがって、たとえ不況の終息を宣言できたとしても、ほとんどの人々にとっては、その後も長い間、状況の悪化から抜け出せないことに変わりはないのです。

本格的な景気回復について皆が待ち望んでいるのは、完全雇用を支えてくれる真の経済活力です。たとえば、事業投資の急増として表れるようなものが必要とされているのです。単に投資の減少が落ち着くことではなく、事業投資が現実に改善することですね。今、必要なのは、米国の消費者がまた貯蓄を始めているという現実を埋め合わせるような何かであり、もう二度と戻ってこないものに本当に代わるような何かです。住宅バブルの再来はないでしょう。貯蓄率ゼロの時代も、しばらく来ないでしょう。ですから、それに代わる何かが生じる必要があるのです。しかしながら、その気配はありません。


現時点で、博士は何を懸念していますか? 将来のインフレ、将来の雇用喪失、銀行の将来の問題のどれを、より強く案じておられますか?


将来の雇用喪失です。

インフレの最初の兆候が現れ次第、連邦政府は、市場に放出した資金の回収に転じることを大半の人は承知しています。銀行について心配する段階はもう過ぎています。連邦政府が銀行の破綻を許さないことは誰もが知っています。それだけの理由でも、銀行はもう破綻しないでしょう。ですから、たとえ銀行が健全化していなくても、銀行をめぐるパニックはもう終わっています。

私が恐れているのは、将来の雇用喪失です。

私たちは今、1930年代以来経験したことのない形で、長期的な高失業率の時代を迎えようとしています。それに伴ってたくさんのことが悪い方に向かいます。社会のセーフティ・ネットは穴だらけで、多くの人がその破れ目に落ちてしまっています。健康保険を失う人々が急速に増えています。しかも、この景気後退圧力もかかっているわけです。賃金の下落が経済の大部分で生じています。そこから、非常に脱出困難なデフレの罠が現実に発生する可能性があるのです。 



最近の報道によれば、ウォール街の報酬が危機前の水準に戻り始めているのに、他の業界では依然として給与の引き下げが進行しています。この現状を問題だと思われますか?


はい。

どうやら、金融業界では、今回の危機を招いた張本人たちがそこからまったく何も学んでいないようです。この手合いは、世間の監視の目が緩んできている、だから今回もうまく逃げ切れるだろう、と考えています。これは良い兆候ではありません。 



現在の金融危機はグローバルな資本主義の未来にどのような影響を及ぼすでしょうか?

はい。

そうですね、もう二度と戻ってこないと思うことの1つは、ワシントン全体が(足並みを揃えて)、米国は他国に範を垂れることができると考えていた時代ですね。つまり、米国で成功したやり方を手本にしていれば間違いない、と主張できた時代です。米国は、まだ他国に同じ説教をしようとするでしょうが、もう誰もそれに耳を傾けようとしないでしょう。

過度な自由市場に対する不信の念が生じていることは確かです。ただ、それでも、社会主義の復権が進行しているとは思いません。世界全体を見回してみても、発展途上国が内向化している様子はありません。保護主義に結び付くような動きに対しては絶えず警戒の目が注がれていますが、実際は、そうした動きは非常にわずかです。したがって、現在までのところ、グローバルな資本主義は危機に瀕していません。ただ、今の私たちに分かることは、せいぜい、ここしばらくの間に起こることだけです。それは、米国の資本主義の核心部で何らかの再規制の動きがあるだろう、ということです。



「アメリカン・ドリーム」が生き続ける道はあると思いますか?



私にいわせれば、アメリカン・ドリームは実は今回の危機のはるか以前から危なくなっていたのです。事実、米国では所得格差が拡大し続けてきましたし、私たちに分かる限りでは、社会的流動性の低下も生じています。したがって、アメリカン・ドリームをめぐる問題は、この目下の危機とは別のことなのです。もっと広範な問題です。私たちが本当にあのアメリカン・ドリームを望むのであれば、あらゆる所得階層の子どもがきちんとした学校に通うことができるような社会、あらゆる所得階層の子どもが健全な健康保険を利用できるような社会を生み出していかなければなりません。私たちの「上昇志向」という夢は、現実のほうが怪しくなってからも、まだまだ根強く生き続けています。ですから、ここで必要なことは、こうした物事を正しい方向に戻すことであり、それは不況からの回復よりも大きな課題なのです。




さきほど、金融危機のヒステリックな段階は終わりつつあるとおっしゃいました。今回の危機の後、何が全世界にとって懸念事項になると思われますか?


今後10年間、最も重要な課題になるのは、実は環境問題であろうと私は思ってい

ます。10年後にオバマ政権の業績を最終的に判定するとしたら、それは不況にどう対処したかではないでしょう。医療制度の改革をどのように進めたかでさえもないかもしれません。もちろん、それは極めて重大な問題ですが。そうではなく、最終的な評価は、気候変動に対してどのような政策を実行したかによって決定されるでしょう。



クルーグマン博士は、以上のような最終的な見解を快く我々に伝えてくれた。ちなみに、私たちが最初に博士に質問したのは、次のようなことだった。

:金融システムの改革に対して米国はどのように取り組んでいますか? まだ取り組みが不十分な重要課題は何でしょうか?

実は、まだたいしたことは実行していないのです。少なくとも、今までのところはそうです。何よりも必要なことは、資本要件の強化と、何らかの形での報酬制度の改革です。それがいつになるか、またそれが実行されるかどうかは、まだ分かりません。


企業が再雇用を開始する段階まで景気が回復するのはいつだと思われますか?



いつそうなるかは分かりません。年内に生じることがあれば、私は驚くでしょう。でも、雇用市場の低迷が来年いっぱい続いても、私は驚かないでしょうね。



私たちが監視対象にするべき主要統計は何でしょうか? 経済の見通しを好転させるために私たちがそのような分野で実行できることは何でしょうか?


私が基本的に重視するのは雇用です。ある程度まで雇用の力強い成長が見られないうちは、私はとても楽観的な気持ちになれないでしょう。

クルーグマン博士をはじめとする先見的リーダーインタビューは、米国AMAのPodcastプロブラムでご覧いただけます。


※M World は、米国AMAが四半期毎に発行する機関誌です。
※M World の記事内容・コンセプトは、必ずしもAMAが提供する研修プログラムの内容とは一致しません。