ドラッカーを通して、上司を通して学んだこと
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いま日本で『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの“マネジメント”を読んだら』がベストセラーになっています。ドラッカー人気の再来を感じます。 ドラッカーはアメリカのクレアモント大学院にある、エグゼクティブ向けの博士課程で教鞭をとっていました。授業では、教室じゅうに絶えず緊張がみなぎっていた一方、教室での彼は「この上なく謙虚で人間味にあふれていた」といわれています。講義の様子やドラッカーの肉声は『ドラッカー先生の授業』(ウィリアム・A・コーン著/講談社)に詳しく記されています(原著の”A Class with Drucker”は米国AMAの出版部門AMACOMから出版されたものです)(注1)。 日本支社開設時に作成された会社案内の冒頭に、ドラッカーからの言葉が印刷されています。この原文となる本人からのFaxが残っているのですが、そこにはメモ書きとして以下のようなメッセージが書かれているのです。 2003年 米国AMAが80周年を迎えたパーティでドラッカーから届けられたメッセージも書面で残っています。ドラッカー93歳の時のものです。
ドラッカーの謙虚と人間味あふれた人柄に触れると、私には必ず思い出す人がいます。
私がエドとドラッカーに似た印象を受けるのはどうしてなのでしょうか? 「自分の果たすべき役割」を見つけられることは簡単なことではありません。ただ、それを見つけられるかどうかで、人の生き方は大きく変わってきます。 ドラッカーやエドから伝わってくる想いに、私は幸いにも触れることができました。そして、私も私なりの「自分の果たすべき役割」が明確になってきました。
ドラッカーの思想は、時代が変化しても不動のものです。時期が異なれば、また違った解釈になるでしょう。その時が来たら、またこのコラムでも取り上げてみたいと思います。 |
| 【(注1)参考図書】 本コラムで紹介した原著です。 |
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A Class with DRUCKER |
【(注1)参考図書】
日本語翻訳書です。 |
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ドラッカー先生の授業 |
(野崎稚恵=文)
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福田俊夫
アメリカン マネジメント アソシエーション インターナショナル
在日代表
英国レディング大学留学を経て1991年株式会社マネジメントサービスセンター入社、グローバルプロジェクトチーム リーダーとして米国パートナー のディベロップメント ディメンションズ インターナショナル(DDI)と連携しグローバルアカウント企業を担当。
2002年アメリカン マネジメント アソシエーション インターナショナル入社。海外プロジェクトを担当。営業部長、副代表を歴任し、経営者および次世代リーダーのためのエグゼクティブコーチング、グローバルリーダー育成、女性ビジネスリーダー育成事業を立ち上げる。2007年より在日代表。
第1回
未来をデザインしよう
第2回
未来の他者から見えてくるもの
第3回
自分のstrengthとopportunityを考える
第5回
【対談:津村英作氏】
「自分らしさを築く他者の視点」
第6回
【対談:津村英作氏】
「これからは協働型リーダーシップ」
第7回
【ピーター・ドラッカーからの手紙】
「AMA終身名誉顧問としてのピーター・ドラッカー」
第8回
【ピーター・ドラッカーからの手紙】
「ドラッカーが生涯をかけて問い続けていたこと」
第9回
【ピーター・ドラッカーからの手紙】ドラッカーを通して、上司を通して学んだこと
第10回
本質を捉える